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東京地方裁判所 平成4年(ワ)3561号 判決 1994年10月25日

主文

一  本訴原告・反訴被告及び本訴被告・反訴原告野田木材株式会社の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、本訴反訴を通じて、これを二分し、その一を本訴被告・反訴原告野田木材株式会社の負担とし、その余を本訴原告・反訴被告の負担とする。

理由

第一  請求

一  本訴請求

(請求の減縮後)

本訴被告らは、本訴原告・反訴被告に対し、各自、金二四万八一一八米ドル及びこれに対する平成元年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(請求の減縮前)

本訴被告らは、本訴原告・反訴被告に対し、各自、金三一万二七五五米ドル二二セント及びこれに対する平成元年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴請求

1  本訴原告・反訴被告は、本訴被告・反訴原告野田木材株式会社に対し、別紙(三)船荷証券目録記載の船荷証券を引渡せ。

2  本訴原告・反訴被告は、本訴被告・反訴原告野田木材株式会社に対し、金五〇〇万円を支払え。

第二  事案の概要(以下、本訴原告・反訴被告を「原告」、本訴被告・反訴原告野田木材株式会社を「被告野田木材」、本訴被告イズミシッピング株式会社を「被告イズミシッピング」と略称する)。

本件は、原告が裏書の連続する別紙(三)船荷証券目録記載の船荷証券(以下「本件船荷証券」という。)を取得・所持しているところ、本件船荷証券に対応する目的物たるマレーシア産生木材五一四二本(以下「本件丸太」という。)につき、被告イズミシッピングが被告野田木材に対し、本件船荷証券と引換えることなく、保証書と引換えに引渡してしまつた(いわゆる保証渡をした。)結果、原告がその履行を受けることができず、被告らの右共同不法行為により原告が本件船荷証券に表章された本件丸太の引渡請求権を侵害されたとして、原告は被告らに対し、右不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自、二四万八一一八米ドル及びこれに対する平成元年四月一四日(原告が本件船荷証券の譲渡を受けて取得した日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求めたものである。(なお、原告は、請求の減縮を行う前、被告らに対し、各自、三一万二七五五米ドル二二セント及びこれに対する不法行為のあつた日(本件丸太が引渡された日)の翌日である平成元年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めていた。被告らは原告の請求の減縮に同意しなかつた。)。

他方、被告野田木材は、反訴において、原告はもともと本件丸太の売買契約をめぐる本件信用取引における受益者たる地位を有するにすぎず、本件船荷証券を所持する正当な理由がないにもかかわらず、これを所持するものであり、右事実を十分に認識しながら本訴提起に至つたものであるから、本訴の提起自体が不法行為を構成するものであり、かつ、原告は、その所持する本件船荷証券による請求を確保するために通産省等の省庁や取引先に被告野田木材を誹謗する文書を送付する等して被告野田木材の信用を毀損したとして、原告に対し、本件船荷証券の引渡、不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料等五〇〇万円の支払を求めたものである。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、シンガポール国に本店を有する貿易業務を主たる目的とする会社である。

(二) 被告イズミシッピングは、海上物品運送業を主たる目的とする会社であり、被告野田木材は、山林及び木材の売買を主たる目的とする会社である。

2  信用状取引

被告野田木材は、昭和六三年六月から、マレーシア連邦法人である訴外プロタマ社(以下「プロタマ」という。)から合板製造用丸太を継続的に輸入してきた。右契約において、プロタマは、輸入代金決済先及び信用状の受益者を原告と指定した。被告野田木材は、訴外株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という。)に対し、原告を受益者とする取消不能信用状(以下「信用状」という。)の開設を依頼して富士銀行から信用状の発行を受け(その後取引の拡大に応じて順次信用状の条件変更を行つた。)、輸入代金の決済をしてきた(以下「本件信用状取引」という。)。

なお、本件信用状取引においては、原告作成のインボイスの提出が手続上必要とされていたが、昭和六三年一〇月一二日以降は、原告発行の右インボイスに、東星貿易株式会社のマレーシア連邦在勤の社員であり、被告野田木材の代理人である平瀬戸<名前略>(以下「平瀬戸」という。)又は佐藤日出雄(以下「佐藤」という。)による確認の署名が必要とされていた。

3  船荷証券の作成

商船パールスター号(以下「パールスター号」という。)船長は、船主である被告イズミシッピングの授権により、左記のとおり本件船荷証券を含む所定の船荷証券三通(以下、三通の船荷証券を併せ呼ぶ場合には「船荷証券AないしC」という。)を作成し、荷送人であるプロタマに交付した。

<1>証券番号 M/七/八九 A(以下「船荷証券A」という。)

発行日 平成元年一月二三日

運送品の内容 マレーシア産丸太一一九七本 九五〇・九一立方メートル

<2>証券番号 M/七/八九 B(以下「船荷証券B」という。)

発行日 平成元年一月二七日

運送品の内容 マレーシア産丸太一四六四本 一〇〇一・四〇七五立方メートル

<3>証券番号 M/七/八九 C(本件船荷証券・別紙(三)参照)

発行日 平成元年一月三一日

運送品の内容 マレーシア産丸太五一四二本 三七二九・〇四七六立方メートル(本件丸太)

4  運送品の引渡

本件船荷証券指定の本件丸太を含む右三通の船荷証券に対応する運送品(マレーシア産丸太・合計七八〇三本、以下「本件運送品」という。)を積載したパールスター号は、指定陸揚港(石巻港)に入港し、被告イズミシッピングは、同年二月九日、被告野田木材に対し、本件丸太について本件船荷証券と引換えないで、単に被告野田木材作成の保証書と引換えに同被告に引渡した。

二  争点

1  本訴請求

本件の争点は、後記原告及び被告ら主張のとおりであり多岐に亘るが、主たる争点は、原告が本件船荷証券の正当な所持人か否か、相殺の主張の当否等である。

2  反訴請求

(一) 原告は被告野田木材に対し、本件船荷証券を引渡すべきか否か。

(二) 原告が提起した本訴請求事件は不当訴訟か否か。

(三) 被告野田木材に対する信用毀損行為の有無並びに損害の有無及び額

三  争点に対する当事者の主張

(本訴請求)

1 原告の主張

(一) 裏書の連続

本件船荷証券は、次のとおり裏書が連続している。

(1) 第一裏書人 プロタマ

被裏書人 白地

(2) 第二裏書人 中国銀行シンガポール支店

被裏書人 原告及びその指図人

(3) 第三裏書人 原告

被裏書人 香港上海銀行及びその指図人

(二) 原告の所持

原告は、訴外香港上海銀行(以下「香港上海銀行」という。)に対し、右(一)のとおり、プロタマに対する売買代金取立のために裏書をして本件船荷証券を譲渡した。その後、香港上海銀行は、原告に対し、本件船荷証券を返還し、原告が本件船荷証券を所持している。

(三) 被告らの責任

被告らは、本件丸太について、本件船荷証券が発行されていたことを知りながら、共同して、本件船荷証券と引換えることなく、本件丸太の授受を行い、その結果、原告の本件船荷証券に基づく本件丸太に対する引渡請求権の行使を不能ならしめた。

したがつて、被告らの右行為は原告に対する共同不法行為となるのであつて、後記損害を賠償する責任がある。

(四) 損害

被告野田木材とプロタマは、本件運送品である丸太七八〇三本につき三七万八一六三ドル九〇セントで売買する旨合意しているところ、本件船荷証券に対応する本件丸太五一四二本、三七二九・〇四七六立方メートルは、本数でいうと全船積本数の六五・八九パーセントに相当し、また容積でいうと全容積量の六五・六三パーセントに相当するものであるから、本件丸太の価格は、少なくとも本件運送品の価格の六五・六三パーセントを下回らないというべきであり、したがつて、被告らの右不法行為により原告が被つた損害は、三七万八一六三米ドル九〇セントの六五・六三パーセントにあたる二四万八一八八米ドルを下回らないというべきである。よつて、原告は、被告らに対し、各自、二四万八一一八米ドル及びこれに対する原告が本件船荷証券の譲渡を受けて取得した日の翌日である平成元年四月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 被告野田木材の主張

(一) 本件丸太の輸入契約の内容

(1) (本件丸太を含む丸太輸入契約の締結)

被告野田木材は、平成元年一月九日、プロタマとの間で、次のとおりマレーシア産丸太約六〇〇〇立方メートルを輸入する契約(以下「本件輸入契約」という。)を締結した。

ア 売買価格及び種類

長さ約四メートル以上、左記直径により一立方メートル当たりUSドル単価で次のとおりとする。

A センガワン

<1>レギュラー(三九センチ以上)

単価:一〇二ドル

<2>スモール(二九~二八センチ)

単価:八二ドル

<3>スーパー・スモール(一九~二八センチ) 単価:六七ドル

B スワンプ・メランティ

<1>レギュラー(三九センチ以上)

単価:八二ドル

<2>スモール(三四~三八センチ)

単価:七二ドル

<3>スーパー・スモール(一九~三三センチ) 単価:六七ドル

C ジョング・コング

<1>レギュラー(三九センチ以上)

単価:六七ドル

<2>スモール(二〇~三八センチ)

単価:五〇ドル

D スワンプ・MLH

<1>レギュラー(三四センチ以上)

単価:五五ドル

<2>スモール(二〇~三三センチ)

単価:三〇ドル

イ 船積

マレーシア国サワラク州ティ・ジー・マニス港において、平成元年一月中旬ころ到着見込みのパールスター号による船積

ウ 目的地

日本国石巻港

エ 代金決済

原告を受益者とする取消不能信用状により決済する。

(2) 被告野田木材は、本件輸入契約に基づき、パールスター号をティ・ジー・マニス港に差し向け、輸入丸太全量の船積を終えた。

そして、プロタマは、別紙(一)記載のインボイスを作成し、これを被告野田木材に直送した。

(3) パールスター号は、同年二月九日ころ宮城県石巻港に到着したが、船荷証券等の船積書類は、未だ被告野田木材のもとに到着していなかつた。しかし、被告野田木材としては、船荷証券の到着を待つていては巨額の滞船料を要することになるため、商慣習に従い、被告イズミシッピングに対して保証書を差し入れて、船荷証券AないしCと引換えることなく本件丸太を受領した。

(4) ところが、原告は、プロタマ作成の別紙(一)記載のインボイスと合計金額のみを符合させた、数量を異にする(数量は、船荷証券A及びBの合計数量と一致させた。)、別紙(二)記載のインボイス(以下「本件インボイス」という。)を捏造し、平瀬戸をして同インボイスを真実に合致するものと誤信させて署名させたうえ、これらを提供したため、被告野田木材は、本件信用状取引の約定に従い、右金額についてこれを全額決済した。これにより、被告野田木材は船荷証券A及びBを取得したが、本件船荷証券は、代金全額を決済したにもかかわらず、取得できなかつた。

以上のように、原告は、本件船荷証券については被告野田木材に引き渡すことなくこれを騙取した。

(二) 本件信用状取引における原告の地位と本件についての原告の無権利

(1) プロタマの代理商としての地位

原告とプロタマとの間では、本件信用状取引に関連して、昭和六三年八月四日、原告の取引銀行(中国銀行シンガポール支店)に開設する前貸信用状を手段として、プロタマの最終買主(本件では被告野田木材)により開設された、原告を受益者とする信用状の四〇パーセントを前貸する旨の契約が締結されていた。右前貸信用状は、最終買主との関係では原告がプロタマの代理人の立場に立つて代金決済手続を行うことを前提として、プロタマとの内部関係において輸出前貸金融を行うことを目的として開設されたものであり、被告野田木材が開設した信用状に付従的にリンクしたものである。そして、プロタマが被告野田木材の信用状の受益者に原告を指定したのは、右前貸信用供与の担保的機能とその手数料の清算機能を図るためである(原告は、プロタマに対する前貸信用供与による債権確保の手段として、プロタマより丸太の代金受領権限を授与され、プロタマに代わり船荷証券等を添えて荷為替手形の決済手続を行い、その代金より自己の債権の差引清算をすることになる。)。本件丸太輸入契約も、本件信用状取引の方法に従つてされたものであるから、プロタマ及びその代理人たる原告(原告は、プロタマの代理人であることは自認しているし、商行為の代理人が本人のためにすることを示さないでした行為は、本人に対してその効果が生ずる。)は、FOB契約(本件丸太の売買契約はFOB条件付である。)により丸太の船積が完了した以上、被告野田木材の売買代金支払義務の不履行による契約解除などの特段の事情のない限り、右運送品に対して何らの権利はなく、単に船荷証券を引渡す義務が残るのみであり、また、原告は代金完済を受けた以上、本件船荷証券を保持する理由はないというべきである。

(2) 第三者のためにする契約上の受益者としての地位

また、本件信用状取引は、民法五三七条の第三者のためにする契約に当たるところ、原告は、受益の意思表示をして決済手続に協力してきた受益者の立場にある。したがつて、被告野田木材は、原告に対し、プロタマに対して主張しうる抗弁をもつて対抗することができるところ、原告は、被告野田木材に対し、荷為替信用状に関する統一規則及び慣例並びに国際貿易取引の慣習法に従い、代金決済のための船荷証券等の船積書類を引き渡す義務がある。

(三) 原告の無権利についてのその他の主張

仮に原告による本件船荷証券の取得が、本件信用状取引によるものではないとしても、以下の理由により、原告は本件船荷証券上の権利を主張し得ないものというべきである。

(1) 原告の本件船荷証券の取得経緯

ア プロタマは、本件輸入契約締結後、船荷証券AないしCを受領すると同時に、船荷証券Aを訴外シュラビダ・ティンバー(以下「シュラビダ」という。)名義の、船荷証券B及び本件船荷証券をシェン・シャン・ウッド・プロダクツ(以下「シェン・シャン・ウッド」という。)名義の各インボイスと為替手形とともに、スタンダード・チャータード銀行シブ支店より中国銀行経由で原告に取立に出したが、その時点で原告とシユラビダあるいはシェン・シャン・ウッドとの間で契約はなく、原告はこれを直には引受けなかつたのであり、右インボイスはその原因を欠く無効なものである(結局、プロタマとシュラビダあるいはシェン・シャン・ウッド間の売買契約は実態のないものであり、プロタマがシュラビダ及びシェン・シャン・ウッドの銀行口座の名義を借用して取立手続を行つたにすぎない。)。

イ その後、原告は、平成元年二月一五日、プロタマとともに船荷証券A及びBの数量のみで被告野田木材との売買代金全額を記載した本件インボイス(別紙(二)参照)を捏造し、これに平瀬戸の署名を得た結果(同署名は平瀬戸が錯誤に陥つて行つたものである。)、同年二月二〇日、原告は、トラスト・レシートにより船荷証券A及びBを中国銀行から借り受け、これを提出して被告野田木材の信用状により代金全額を受領するに至つた。

そして、原告が船荷証券A及びBに対する為替手形を決済したことにより、原告のプロタマに対する前貸信用状の条件を超える別途の前貸が行われたことになるのであつて、原告は、実質的には船荷証券A及びBをプロタマから取得した。

ウ 他方、本件船荷証券は銀行に残されていたところ、原告は、詐取にかかる本件船荷証券を利用して、さらに三〇万ドルを詐取するため、本件信用状取引における本件船荷証券の呈示期限(これは、船荷証券発行後三一日以内とされている。)を徒過した平成元年三月三日、プロタマに対し、自己名義の別のインボイスに平瀬戸の署名の獲得及び信用状条件との不一致(ディスクレパンシー)を埋める承認を被告野田木材から得る折衝を要求し、また銀行に対しても交渉中を理由に本件船荷証券の保管の継続を求めた。

その後、原告は、平成元年四月七日、シェン・シャン・ウッドから本件船荷証券に対応する本件丸太を買受ける売買契約書とこれをプロタマに転売する契約書を同時に作成し、同月一三日にはプロタマ宛てのインボイスを作成して中国銀行からトラスト・レシートにより本件船荷証券を借り受け、これを現実に所持するに至つたものである。

(2) 原告の本件船荷証券取得の原因行為の無効

ア 前記のとおり、原告の本件船荷証券の取得経緯は、表面上はシェン・シャン・ウッドが介在しているように見えるが、実際には、プロタマ及びシェン・シャン・ウッド間の売買は存在せず、プロタマがシェン・シャン・ウッドの名義を借りたにすぎないから、以上の各売買の実態としては、プロタマ→原告→プロタマということになる。

そうすると、プロタマと原告間の売買は、その目的物を呈示期限切れの本件船荷証券とするものであり(したがつて、本件丸太そのものが目的物ではない。)、その実態は、要するに、原告が本件船荷証券を譲渡担保にしてプロタマに対しシェン・ウャン・ウッドの為替手形金相当額を貸し付けたとみるべきである(原告などが、シェン・シャン・ウッドという第三者を介在させたのは、本件船荷証券の善意取得を装うためにすぎない。)。そして、右各契約は、FOB条件と二か月余も前の日本港への丸太輸送を明示しているところ、その時期から見ても保証渡を前提とするものであり、契約当事者間の用船手配も丸太の船積もありえない原始的不能を前提とするものであるから、結局丸太の売買契約としては、その実態も意思もない仮装の契約であるというべきである。

イ 右のとおり、輸出済みの貨物を二重譲渡のうえ買い戻す契約自体、国際貿易取引の秩序を根底から乱すものであり、また原告の行つた仮装にかかる裏売買と前貸信用状による裏金融は、国際取引秩序を乱す危険なものであり、輸出者の代理商としてなした契約自体、公序良俗に反するものであり、無効である。

ウ 原告は、本件輸入契約に関連して、本件船荷証券を含む合計三通の船荷証券に相当するタイムシートを入手しており、また信用状決済に関する原告の手続上の経験からも、本件丸太が船積後約一週間で目的地に到着して荷揚げを終え、他方、船積書類の送付が荷揚げよりも遅滞し、その前に保証渡が行われることなどを十分に承知していたはずである。しかも、原告が本件船荷証券を前提として現物の本件丸太が到着した約三か月後に貨物の一部を売買する以上、その保証渡の事実を十分確認できたはずである。そうすると、仮に原告が主張する本件船荷証券をめぐる各売買契約が真実存在したとしても、右売買の履行不能及び引渡不能の各事実を予め認識していたのであるから、不能を目的とする法律行為として無効である。

エ 善意取得(Bona Fide Purchaser)の法理の不適用

船荷証券の譲受人であつて、取引の正常な経路で(瑕疵を)問い正すに十分な認識がなく(瑕疵を認識しえず)、そして悪意がなく当該証券を取得する者は、善意取得者である。その要件は、次のとおり整理できる。

<1>船荷証券の譲受人が、取引の通常の経路で、悪意がなく証券を取得した場合は、善意取得者となる。

<2>船荷証券を取得した者が事実(瑕疵)を認識し、又はそれを認識しえる場合には、善意の所持人であることを主張しえない。

<3>善意取得者であることを主張しようとする者は、証券の裏書が有効であることを証明しなければならない。

本件において、原告は、被告野田木材開設の信用状条件に定める有効期限に従い、本件船荷証券を提出すべき当事者本人であるが、船荷証券提出の有効期限経過後に、プロタマに対する融資の担保にする形で本件船荷証券を取得したのであり、取引の正常なコースを外れた形でその瑕疵と引渡義務違反を知りつつ、不正に取得したものである。したがつて、原告は悪意の取得者であつて、本件においては、善意取得の法理の適用はない。

(3) バラ積み船の場合の特殊性

パールスター号は、船荷証券AないしCに対応する本件運送品を、それぞれ区別して梱包したり船倉を別にしたりして輸送したわけでなく、バラ積みのまま右三通の船荷証券を発行したところ、このようにバラ積み船の荷の一部についての船荷証券が譲渡された場合には、荷揚げ後の区分け(特定)の後でなければ、船荷証券の所持人はその貨物の引渡請求権を現実に取得できないとするのが先進国の確立した法理である。しかるに、本件船荷証券の貨物が区分けにより特定された事実はないから、原告が本件船荷証券に表章された本件丸太の引渡請求権を取得したものとはいえない。

(4) 相殺

ア 船荷証券譲渡と原始的権利の不拡大

船荷証券が譲渡された場合、その譲受人は、譲渡人が有した権利と価値を超える大きな権利を得ることはできないというのが先進諸国の確立した基本的法理である(証券を所持する者による船荷証券の譲渡は、その財産について譲渡人の財産自体の譲渡を超える権利を与えることはできない。したがつて、船荷証券の所持人は、貨物に対する権利がなく、又はそれを譲渡する権限がない場合、たとえ対価による善意取得者に対しても、証券の譲渡により、貨物に対する権利を移転することはできない。また、譲受人の権利は、財産を表章する船荷証券の引渡に代えて財産それ自体の引渡により取得される権利を超えるものではない。)ところ、我が国においても、船荷証券の要因証券性の観点から同様に解すべきである。

イ 相殺の主張

本件船荷証券の価値は、船荷証券AないしCに対応する本件運送品本来の売買価格三七万八一六三・九ドルを総数量で割り算した立方メートル当たりの単価六六・五六ドルに本件船荷証券の数量を乗じることによつて算出されるところ、その推定価格は、二四万八二一三・二四ドルとなる。

原告は、前記のとおり既に船荷証券A及びBにより本件輸入契約の代金全額に相当する額を受領しているが、船荷証券A及びB本来の価格を超えて売買代金を受領した二四万八二一三・二四ドル分については、法律上の原因を欠いて利得したものである。そして、本件船荷証券の本来の価格は、右超過金額と等価値であるから、原告が本来請求しうる額と被告野田木材の原告に対する不当利得返還請求債権は対当額にて相殺することができるというべきである。

被告野田木材は、右のように主張して、平成五年一二月二一日の本件第一五回口頭弁論期日において、相殺の意思表示をした。

3 被告野田木材の主張に対する原告の反論

(一) 原告が本件船荷証券を取得するに至つた経緯

原告が本件船荷証券を取得するに至つた経緯は、次のとおりであり、本件信用状取引に基づく取引の一環ではなく(したがつて、被告野田木材が開設した信用状により決済されるものではないし、原告が被告野田木材宛てにインボイスを出したこともない。)、これとは別の取引である。

(1) 原告は、平成元年二月三日、シェン・シャン・ウッドから本件船荷証券等を添えた為替手形の買取を求められたが、これを拒絶した。それ以後、本件船荷証券等は中国銀行に保管された。

(2) 原告は、平成元年四月五日ころ、プロタマから、中国銀行が保有している本件船荷証券を三〇万二〇五二米ドル八六セントで買い取つてほしい旨の申出があり、これを承諾した。

プロタマの説明によれば、本件船荷証券は、プロタマがシェン・シャン・ウッドに譲渡したものであり、現在中国銀行が保有しているが、シェン・シャン・ウッドが中国銀行に対して支払をしない限り、これを取り戻すことができない、本件船荷証券記載の物品は、被告野田木材が買い取ることが決まつているから、原告が本件船荷証券を買い取つた場合には、プロタマが三一万二七四九米ドル六八セントで直ちに買い取るということであつた。

(3) 原告は、右合意に基づき、次のとおり各契約を締結した。

ア 原告がシェン・シャン・ウッドから、本件船荷証券に表章される木材を三〇万二〇五二ドル八六セントにて買受ける売買契約

イ 原告がプロタマに対し、本件船荷証券に表章される木材を三一万二七四九ドル六八セントにて売渡す売買契約

ウ 右イの売買契約に基づくプロタマの債務について、同社の取締役三名が、その履行を保証する旨の契約

(4) 原告は、シェン・シャン・ウッドに対し、平成元年四月一三日、売買代金三〇万二〇五二ドル八六セントを支払い、本件船荷証券の交付を受けた。

(5) 原告は、右同日、取引銀行である中国銀行シンガポール支店に対し、本件船荷証券、プロタマを支払人とする為替手形及び代金額三一万二七五五米ドル二二セントのプロタマ宛コマーシャル・インボイスを交付して取立を委託したが、プロタマは為替手形の引受を拒絶した。

(6) 原告は、平成元年五月六日、中国銀行から本件船荷証券を取り戻した。

その後、原告は被告イズミシッピングに対し、本件船荷証券記載の木材の引渡を求めたが、既に荷受人に対し引渡済みとの理由により引渡を拒絶された。

(二) 被告らの原告が悪意との主張に対する反論

本件信用状取引に基づく契約においては、船積は、プロタマによりティ・ジー・マニス港にて行われるが、代金については、原告がシンガポール国シンガポール市において、信用状に基づいて受け取ることになる。もつとも、原告としては、運送品の船積に立ち会うことはなく、プロタマが実際にどのような船積をしたのかについては、船荷証券の記載を信用せざるを得ないし、いくらの金額を請求できるのか(インボイスへの記載金額)についてもプロタマの指示に従わざるを得ない。船荷証券A及びBに基づく代金決済の際に添付された本件インボイスについても、プロタマの指示に従つて代金額を記載したうえで、通知銀行に呈示したものである。

しかも、本件においては、被告野田木材が昭和六三年一〇月に信用状の条件変更したことに基づき(原告発行のコマーシャル・インボイスに被告の代理人である平瀬戸または佐藤が確認の署名をした場合にのみ、信用状に基づく船荷証券の買取ができる。)、本件インボイスに平瀬戸による確認の署名がされているのである。さらに、原告がプロタマから船荷証券A及びBの交付を受けたのは平成元年二月始め頃であり、他方本件船荷証券の交付を受けたのは同年四月始め頃であるから、被告らが主張するような、実際の代金額には、本件船荷証券に相当する本件丸太の代金額をも含んでいたことを知りうることはできなかつた。

(三) 本件信用状取引上の原告の地位について

前述のとおり、原告の本件船荷証券の取得は、本件信用状取引とは別個に行われたものであるが、右取引における原告の地位に関する被告野田木材の主張に対し、念のために以下のとおり反論する。

(1) 原告は、昭和六三年八月四日、プロタマとの間で、要旨次のとおり代理店契約(エージェンシー・アグリーメント、以下「本件代理店契約」という。)を締結した。

ア 原告は、プロタマの指定する最終買主との間で、一連の貨物売買契約を締結する。この契約において、原告はプロタマの要請により、プロタマとの関係においては代理人であるが、最終買主との間では、自己が売主として行動する。

イ 右売買契約の代金決済は、最終買主の発行する信用状に基づくものとし、決済に先立ち、原告はプロタマに対して、信用状記載金額の四〇パーセント相当額を信用供与する。かかる信用供与は、各売買契約が締結される都度、プロタマに対する輸出前貸しを許容する銀行信用状(レッドクローズ・クレジット)を発行することによる。

ウ 右原告発行の銀行信用状により信用供与をする都度、プロタマは原告に対して、信用供与額の二・二五パーセントに相当する金額を手数料として支払うものとする。

(2) 原告は、本件代理店契約に基づき、昭和六三年六月から平成元年三月まで、プロタマが被告野田木材宛てに船積みしたマレーシア産丸太の譲渡を受けて、これを被告野田木材に再譲渡するという取引(手順としては、原告は、プロタマよりマレーシア産丸太に関する船荷証券等の交付を受け、これに自己名義にて発行したインボイス・自己振出為替手形を付けて、信用状発行の通知銀行にその買取を依頼する形になる。)を前後七回に渡つて行つた。

(3) 原告がプロタマの代理人であるとの主張に対する反論

本件代理店契約においては、原告がプロタマに信用供与する一方で、プロタマから船荷証券の裏書譲渡を受けてこれを他の船積書類等と一緒に売渡して支払を受けるというもの(原告が船荷証券等を銀行に売渡したのは、信用状の受益者として信用状の記載に従つて、自己の名前で自己の計算で行つたものであつて、原告がプロタマの代理人として行つたものではない。)であり、プロタマから委託を受けて委託料を受け取つて輸出業務や通関業務を代行するという意味での代理人ではない。そうすると、原告は、代理店あるいは代理人といつても、船荷証券について独立の経済的利益を有するものであるから、プロタマに引渡義務があるからといつて、原告もプロタマ同様の引渡義務を負うものではない。

なお、本件代理店契約によれば、原告はプロタマの代理人として行動するとされているが、その意味は、原告が船荷証券の譲受、レッドクローズ信用状による前貸などにより損害を被つた場合には、それによる損失・損害はすべてプロタマにおいて責任を持ち、損害填補、損失補填を行い、原告には一切の迷惑負担を及ぼさないということを意味するものである。

(4) 第三者のためにする契約との主張に対する反論

原告とプロタマ間の本件代理店契約において企図されたことは、プロタマ→原告→信用状発行通知銀行→信用状開設銀行→被告野田木材という順次の船荷証券の裏書譲渡であるところ、原告が信用状に基づいて支払を受けるためには、船荷証券その他信用状所定の船積書類が必要となることから、原告の地位は第三者のためにする契約の受益者のように権利のみを取得するものではない。

また、船荷証券が発行されている場合は、船荷証券が物品引渡請求権を表章することになり、船荷証券の裏書譲渡に伴つて物品自体が譲渡される関係に立つから、抗弁の対抗を認めることは船荷証券の有価証券としての機能自体を否定するものになり妥当でない。

4 被告イズミシッピングの主張

(一) 後記(二)以下に主張するほかは、被告野田木材の主張をすべて援用する。

(二) 無過失・違法性について

(1) 本件においては三通の船荷証券が発行されており、右証券に表示されている運送品が同一時期に、同じ船に積み込まれて目的港まで輸送されたものであり、被告野田木材により代金の全額決済がされることになつていた。かかる状況のもとでは、通常の取引慣行からすれば三通の船荷証券が一括して処理されることになるのであつて、被告イズミシッピングが被告野田木材に対して運送品を保証渡した際にも、本件船荷証券が近い将来被告野田木材の許に来るであろうことは合理的に予想しうる状況にあり、したがつて、被告イズミシッピングも本件船荷証券を回収できると考えていたのであるから、原告の権利侵害に対する予見可能性はなかつた。

(2) また、被告イズミシッピングには、保証渡をしたことにつき違法性はない。すなわち、船荷証券AないしCに対応する本件運送品は、船内で仕分けされておらず混載の状態であり、船荷証券の記載により船荷の選別を行うことは不可能であるため、被告イズミシッピングとしては、結局三通の船荷証券の一括処理を行わざるを得ず、全量引渡さざるを得ない。そして、船荷証券が未到着の場合、保証渡により運送品を荷主に引渡すことは海運界においては広く認められている慣行であり、被告イズミシッピングは右慣行に従つて貨物の処理を行つたにすぎないのである。

(三) 原告の悪意

被告野田木材は、本件丸太代金を全額プロタマに支払い、その義務をすべて履行したのであるから、プロタマは被告野田木材に対し、本件船荷証券を引渡すべき義務があつたところ、原告は、本件丸太が既に引渡済みであり、かつ、船荷証券A及びBをもつて代金全額が支払われたことを知りながら、プロタマから本件船荷証券を取得し、これに合致するインボイスを捏造して、本訴請求に及んだものである。このように、原告は自らプロタマと共同して不法行為を行いながら、被告らの不法行為を追及することは許されないというべきである。

また、商法五一九条及び小切手法二一条の規定は船荷証券についても適用があり、悪意又は重大な過失により船荷証券を取得した者は運送品の占有権を取得しないとされているところ、原告は、右のとおり、インボイス捏造により本訴請求に及んでいるのであるから、原告は本件船荷証券につき悪意の取得者であり、証券上の権利を取得していないというべきである。

(四)(1) 国際海上物品運送法第一四条によれば、「運送品に関する運送人の責任は、運送品が引き渡された日(又は引き渡されるべき日)から一年以内に裁判上の請求がなされないときは消滅する」旨規定されている。

(2) そして、本件丸太が被告野田木材に引き渡されたのは平成元年二月であり、原告が本件船荷証券を取得したのは同年四月七日であるところ、原告の訴訟提起は平成三年一一月二七日であつて、原告が損害賠償を請求し得るようになつてから一年以内に被告イズミシッピングに対して裁判上の請求をしていない。したがつて、原告の請求権は、既に消滅しており、消滅した債権に対する侵害を理由とする不法行為は成立しないというべきである。

(3) また、右に関し、本件における「運送人」とは被告イズミシッピングではない。

すなわち、船長発行の船荷証券は原船主が発行した船荷証券と看做されるのが海運界の常識である(船長は船主の使用人である。)。本件において、被告イズミシッピングは、輸送に利用されたパールスター号をその所有者である原船主(LUKE・CRUISER・S・A)から定期傭船していた定期傭船者にすぎない。他方、本件船荷証券は、被告イズミシッピングのフォームが使用されているものの、署名押印をしているのは、右パールスター号の船長である。したがつて、本件における運送人は、原船主であり、定期傭船者にすぎない被告イズミシッピングではない。

してみると、原告は、運送人である原船主に対し一年以内に裁判上の請求をすべきであつたところ、これをしなかつた。しかも、右原船主は、パナマの会社であり、本件丸太が船荷証券A及びBのみと引換えに引き渡されたことを全く知らなかつたのであつて、運送人としての悪意はない。

したがつて、原告の運送人に対する本件船荷証券上の引渡請求権は一年の除斥期間の経過により既に消滅した以上、右侵害を理由とする不法行為も成立しないというべきである。

5 被告イズミシッピングの主張に対する原告の反論

(一) 以下に反論するほかは、被告野田木材の主張に対する反論において主張したとおりである。

(二) 無過失との主張について

被告イズミシッピングは、被告野田木材が船荷証券を所持していないことを知りながら、その記載にかかる木材を引渡した以上、後日船荷証券所持人から請求を受ける可能性のあることを予期していたはずであり、それゆえにこそ被告野田木材から保証書を入れさせたものである。そして、保証渡は、被告イズミシッピングと被告野田木材との間では有効であるが、保証渡をもつて船荷証券所持人その他の第三者に対抗することができないから、本件船荷証券の所持人である原告に対抗できない。従つて、被告イズミシッピングは、故意により船荷証券に表章されている木材引渡請求権の履行を不能ならしめたものである。

(三) 原告の悪意との主張について

原告は、本件船荷証券をシェン・シャン・ウッド・プロダクツから買い取つたものであり、右証券をプロタマが買い取ることになつていたものであつて、プロタマに対する貸金の担保として取得したものではない。

また、本件丸太の船積は、マレーシアのサラワク港で行われたものであるが、原告は右船積に立ち会つておらず、その詳細を知りえない立場にあつた。

(四) 除斥期間の主張について

(1) 平成四年法律第六九号附則2は、「この法律の施行前に締結された運送契約並びにその契約に係る運送品に関する運送人及びその使用する者の不法行為による損害賠償の責任に関しては、なお従前の例による。」としており、一四条の規定を不法行為による損害賠償責任に準用する旨規定する二〇条の二を排除している。そして、改正前の国際海上物品運送法一四条は、ただし書として「運送人に悪意があつたときは、この限りでない。」と定めているところ、被告イズミシッピングは船荷証券と引換えることなく本件丸太を引渡したものであり、保証渡が船荷証券所持人に対抗できないものである以上、被告イズミシッピングは悪意であつたというべきである。また、原告の本訴請求は不法行為に基づく損害賠償請求であるが、国際海上物品運送法一四条は運送人の運送契約に基づく債務不履行責任に関するものであつて、運送人の不法行為による損害賠償の請求について、その適用がないことは判例上確立している。

(2) また、船荷証券が発行されている場合、運送契約上の運送人は専ら船荷証券の記載に基づいて判断されなければならないところ、本件船荷証券は、被告イズミシッピングの社名の印刷された用紙に、同社の代理人が「船長のために」として署名しているものであり、運送人は被告イズミシッピングである。そして、本件船荷証券上、被告イズミシッピングが主張する原船主の会社名の記載はされていない。

(反訴関係)

1 被告野田木材の主張

(一) 本件における原告の地位

(1) 本訴請求における被告野田木材の主張(二)のとおり、本件輸入契約も、本件信用状取引の方法に従つてされたものであるから、原告は、プロタマの代理人として船荷証券等の船積書類を添付して信用状所定の通知銀行に荷為替手形の買取を依頼するなどして代金決済を受ける立場にあるから、FOB契約による丸太の船積が完了した以上、被告野田木材の売買代金支払義務の不履行による契約解除などの特段の事情のない限り、右運送品に対して何らの権利はなく、単に船荷証券の引渡す義務が残るのみであり、また、原告は代金完済を受けた以上、本件船荷証券を保持する理由はないというべきである。

(2) また、本件信用状取引は、前記主張のとおり、民法五三七条の第三者のためにする契約に当たるところ、原告は、受益の意思表示をして決済手続に協力してきたから受益者の立場にある。したがつて、被告野田木材は、原告に対し、プロタマに対して主張しうる抗弁をもつて対抗することができるところ、原告は、被告野田木材に対し、荷為替信用状に関する統一規則及び慣例並びに国際貿易取引の慣習法に従い、代金決済のための船荷証券等の船積書類を引き渡す義務があるから、原告には、被告野田木材に対し、本件船荷証券を引き渡すべき義務があるというべきである。

(二) 不当訴訟等

(1) 原告は、被告野田木材に対し、右記載のとおり本件船荷証券の正当な所持人として権利主張をなしうる立場にない。にもかかわらず、原告は、通産省、銀行等に対し、被告野田木材を誹謗する文書を頒布しつつ、被告野田木材に対し、本件船荷証券の対価を要求し、これに応じなければ誹謗を続ける旨申し向けて脅迫した。しかるに、原告は、右脅迫が効を奏しなかつたため、本訴を提起したのであり、原告は、自己の主張する権利が根拠のないものであることを知り、あるいは知りえたにもかかわらず、本訴を提起したのであるから、右訴訟提起は不法行為を構成するというべきである。

(2) 損害

被告野田木材は、原告の右行為により多大の精神的苦痛を被つたのであつて、その慰謝料としては一〇〇万円を下らない。

また、被告野田木材は、原告の右不法行為により、原告の不当提訴に対する応訴及び反訴提起による権利の回復を行わざるを得ず、そのための弁護士費用は、訴訟物の価格を勘案しても四〇〇万円を下らない。

よつて、被告野田木材は、原告に対し、本件船荷証券の引渡並びに不法行為による損害賠償請求権に基づき金五〇〇万円の支払をそれぞれ求める。

2 原告の反論

本訴における原告の主張のとおりである。

なお、原告は、被告野田木材の主張するような誹謗文書の配布等を行つたことはない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  被告イズミシッピングは、平成元年一月三一日に本件船荷証券を作成して、プロタマに交付し、同年二月九日、被告野田木材に対し、本件丸太について本件船荷証券を含む船荷証券三通と引換えないで、単に被告野田木材の保証書と引換えにこれを引渡したものである。

《証拠略》によれば、本件請求の原告主張(一)及び(二)並びに被告野田木材が被告イズミシッピングに差入れた保証書には、対象となる船荷証券として本件船荷証券も含まれており、被告野田木材は本船荷証券の所持人よりなされる、いかなる貨物の請求に対しても責任を負う旨記載されていることが認められる。右事実によれば、被告野田木材は、本件船荷証券が発行されており、これを同被告が受領できず、第三者が所持することがあり得ることを認識しながら、本件船荷証券を引換えることなく、いわゆる保証渡によつて本件丸太の引渡を受けたのであり、他方、本件船荷証券を発行した被告イズミシッピングにおいても、第三者が本件船荷証券を所持することがあり得ることを認識しながら、本件船荷証券と引換えることなく、右保証渡によつて本件丸太を被告野田木材に引渡したものということができる(なお、被告イズミシッピングは、本件船荷証券上の「運送人」は傭船主である同被告ではなく、原船主である旨主張しているが、本件船荷証券においては、運送人は被告イズミシッピングと表示されていると認められるから、同被告の前記主張は採用し難い。)。

そして、船荷証券は証券に記載されている運送品の引渡請求権を表章する有価証券であり、裏書により転輾流通することが予定されているものであるから、運送人において船荷証券と引換えることなく証券の表章する運送品の引渡をすることは、正当な証券所持人との関係においてはその有効性を対抗し得ないのみならず、所持人の権利を違法に侵害したとの評価を免れないと解するのが相当である。

しかしながら、被告らは、種々の主張を展開して、要するに原告が本件船荷証券を正当に所持しうる地位にない旨主張しているので、以下検討する。

2  本件取引全般について、争いのない事実に《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる(なお、認定事実の末尾に認定に供した主たる証拠を摘示する。)。

(一) 被告野田木材は、プロタマから木材の輸入をするに当たり、昭和六二年六月三日、富士銀行に依頼して、通知銀行を香港上海銀行シンガポール支店とし、受益者を原告とする取消不能信用状(L/C・〇七一四/八〇〇〇七四)を開設し、その後順次、信用状金額を増額するなどの条件変更を行つていつた。

なお、昭和六二年一〇月一二日以降、インボイスには、平瀬戸もしくは佐藤の署名が必要とされるようになつた。その理由は、被告野田木材において、右当時、プロタマの資金繰りが悪いという話を聞くに至り、内容的におかしなインボイスを組まれないようにするためであつた(《証拠略》)。

(二)(1) 原告は、昭和六二年六月六日、中国銀行シンガポール支店に依頼して、受益者をプロタマとする番号六四三四一〇の信用状を、同年八月八日、受益者を右同様プロタマとする番号六四七〇三六の信用状をそれぞれ開設したが、決済の際の必要書類の一つとして、「野田木材を被通知人とし、荷送人およびその指図人を受取人とし、白地裏書された無故障船積船荷証券であつて、約六〇〇〇立方メートルのマレーシア産丸太のFOBサラワク港での船積を証明するもの」が要求されていた。また、右各信用状には、いわゆるレッドクローズ条項が付されていたほか、ACHY(テレックス番号マレーシア七二四〇九)からの船名、航海番号、船積港などに関するテレックスによる受益者宛ての通知を要するとの条件なども付されていた(《証拠略》)。

(2) 原告は、被告野田木材による信用状の条件が変更される都度、右プロタマとの信用状の条件を変更していつた(原告の信用供与額は、原告を受益者として発行される被告野田木材による信用状記載の金額の四〇パーセント相当額であるところ、本件信用状取引額の拡大に伴い、原告のプロタマへの信用供与額も拡大していつた。)(《証拠略》)。

(三) 原告は、昭和六二年六月から同六三年三月まで、合計七回にわたつて、ティ・ジー・マニス港から石巻港宛てに船積みされたマレーシア産丸太に関し、被告野田木材宛てにインボイスを作成するなどして、被告野田木材との間で本件信用状取引を行つてきた(信用状番号は、L/C・〇七一四/八〇〇〇二四である。)(《証拠略》)。

(四)(1) 右のとおり昭和六二年六月以降、既に本件信用状取引は開始されており、かつ、これに密接に関連する原告・プロタマ間の取引も開始されていたところ、原告とプロタマは、昭和六二年八月四日、右取引を代理店(エージェント)契約書という形で書面化し、これを取り交わして本件代理店契約を締結した(《証拠略》)。

本件代理店契約において、大要次のとおりの合意がされた。

ア 原告は、プロタマの指定する最終買主との間で、原告を受益者として発行される信用状の定める条件に従つた条件により、一連の商品の売買契約を締結する。

右契約において、原告はプロタマとの関係においては代理人(エージェント)として行為するものであるが、プロタマの要請により、最終買主との間では、原告が売主として行動する(商業上の理由から右事実を最終買主には知らせないこととされた。)。

イ 原告はプロタマに対して、原告を受益者として発行される信用状記載の金額の四〇パーセント相当額を前払(信用供与)する。かかる前払(信用供与)は、各売買契約が締結される都度、原告が取引銀行に開設する輸出前貸を許容する銀行信用状(レッドクローズ・クレジット)を発行することによつて支払われる。

ウ プロタマは、原告が売買契約を締結し、レッドクローズ・クレジット信用状を開設することに関連して、原告が受けることがあるすべてのクレーム・請求・損失・損害・費用・一切の責任に関して原告を免責し、何らの迷惑を及ぼさないようにする。

エ 右原告発行の銀行信用状により信用供与をする都度、プロタマは原告に対して、信用供与額の二・二五パーセントに相当する金額を手数料として支払うものとする。

オ 原告は、最終買主から支払を受けた金額から上記手数料及び実費を差し引いた残額を、プロタマまたはその指定する者に送金するものとする。

(2) しかしながら、プロタマが被告野田木材に売買した丸太については、右(1)アにもかかわらず、原告が売主となつて被告野田木材と売買を締結する手続はされなかつた(《証拠略》)。

(五) 被告野田木材は、平成元年一月九日、プロタマとの間で、次のとおり、サラワク産丸太約六〇〇〇立方メートルに関する本件輸入契約を締結した(《証拠略》)。

(1) 売買価格及び種類

長さ約四メートル以上、左記直径により一立方メートル当たり米ドル単価で次のとおりとする。

A センガワン

<1>レギュラー(三九センチメートル以上) 単価:一〇二ドル

<2>スモール(二九~三八センチメートル) 単価:八二ドル

<3>スーパー・スモール(一九~二八センチメートル) 単価:六七ドル

B スワンプ・メランティ

<1>レギュラー(三九センチメートル以上) 単価:八二ドル

<2>スモール(三四~三八センチメートル) 単価:七二ドル

<3>スーパー・スモール(一九~三三センチメートル) 単価:六七ドル

C ジョンコン

<1>レギュラー(三九センチメートル以上) 単価:六七ドル

<2>スモール(二〇~三八センチメートル) 単価:五〇ドル

D スワンプ MLH

<1>レギュラー(三四センチメートル以上) 単価:五五ドル

<2>スモール(二〇~三三センチメートル) 単価:三〇ドル

(2) 船積

ティ・ジー・マニス港において、平成元年一月中旬ころ到着見込みのパールスター号による船積

(3) 目的地

日本国石巻港

(4) 代金決済

原告を受益者とする取消不能信用状により決済する。

(六)(1) パールスター号はティ・ジー・マニス港において、平成元年一月二〇日から船積を開始し、同月三〇日に全部の本件運送品(後記(2)参照)の船積(ハッチ番号1及び2においては一一八一本=八二四・九五三六立方メートル及び二六六六本=一八〇八・一〇三八立方メートル、ハッチ番号3及び4においては一二三六本=一二〇〇・四三五九立方メートル及び二七二〇本=一八四七・八九一九立方メートルの合計七八〇三本=五六八一・三六五一立方メートル)を終了した(《証拠略》)。

(2) パールスター号の船長は、船主である被告イズミシッピングの授権により、左記のとおり本件船荷証券を含む所定の船荷証券三通を作成し、プロタマに交付した(《証拠略》)。

<1>証券番号 M/七/八九A(船荷証券A)

発行日 平成元年一月二三日

運送品の内容 マレーシア産丸太一一九七本

九五〇・九一立方メートル

<2>証券番号 M/七/八九B(船荷証券B)

発行日 平成元年一月二七日

運送品の内容 マレーシア産丸太一四六四本

一〇〇一・四〇七五立方メートル

<3>証券番号 M/七/八九C(本件船荷証券)

発行日 平成元年一月三一日

運送品の内容 マレーシア産丸太五一四二本

三七二九・〇四七六立方メートル

(七)(1) 船荷証券Aに対応する丸太は、平成元年一月二三日に船積が完了したところ、翌二四日付けで、右丸太に関し、シュラビダが原告宛てにインボイスを作成し、かつ原告宛てに金一四万九二九二米ドル八七セントの支払を求める為替手形を発行した(《証拠略》)。

右インボイスには、貨物の内容としてマレーシア産丸太一一九七本=九五〇・九一〇〇立方メートル、立方メートル単価一五七米ドルFOBサラワク、合計金額一四万九二九二米ドル八七セントとの記載がされている。

(2) また、船荷証券Bに対応する丸太は、同月二七日に船積が完了したところ、同日付けで、右丸太に関し、シェン・シャン・ウッドが原告宛てにインボイスを作成し、かつ原告宛てに金一五万〇二一一米ドル一三セントの支払を求める為替手形を発行した(《証拠略》)。

右インボイスには、貨物の内容としてセンガワン材一四六四本=一〇〇一・四〇七五立方メートル、立方メートル単価一五〇米ドル、合計金額一五万〇二一一米ドル一三セントとの記載がされている。

(3) さらに本件船荷証券に対応する本件丸太は、同月三〇日に船積が完了したところ、平成元年二月一日付けで、本件丸太に関し、シェン・シャン・ウッドが原告宛てにインボイスを作成し、かつ原告宛てに金三〇万二〇五二米ドル八六セントの支払を求める為替手形(以下「本件為替手形」という。)を発行した(《証拠略》)。

右インボイスには、貨物の内容としてマレーシア産丸太五一四二本=三七二九・〇四七六立方メートル、立方メートル単価八一米ドル、合計金額三〇万二〇五二米ドル八六セントとの記載がされている。

(八)(1) 原告は、平成元年一月二七日、中国銀行シンガポール支店から、原告に対し、シュラビダ振出の金額一四万九二九二米ドル八七セントの為替手形に関する取立について、船荷証券Aやインボイス等の各船積書類が到着した旨及び支払と引換えに右書類を渡す旨の通知を受けた(《証拠略》)。

(2) 原告は、平成元年一月三一日、中国銀行シンガポール支店から、シェン・シャン・ウッド振出の金額一五万〇二一一米ドル一三セントの為替手形に関する取立について、船荷証券Bやインボイス等の各船積書類が到着した旨及び支払と引換えに右書類を渡す旨の通知を受けた(《証拠略》)。

(3) 原告は、平成元年二月三日、中国銀行シンガポール支店から、シェン・シャン・ウッド振出の金額三〇万二〇五二米ドル八六セントの本件為替手形に関する取立について、本件船荷証券やインボイス等の各船積書類が到着した旨及び支払と引換えに右書類を渡す旨の通知を受けた(《証拠略》)。

(九) パールスター号は、平成元年二月一日に出港し、同月九日ころ宮城県石巻港に到着した(証人宮本は、同月一二日に入港した旨証言している。)。

被告野田木材は、プロタマから、船積終了後、銀行を経由しないプロタマ作成のインボイス(別紙(一)参照)、ログリストの写し、タイムシートの写し及び船荷証券AないしCの写しを送られてきていたものの、船荷証券等の船積書類の本証(原本)は、被告野田木材のもとに到着していなかつた。しかし、船荷証券等の到着を待つていては巨額の滞船料(一日当たり二八〇〇米ドル)を要することになるなどの支障が出るため、被告野田木材は、被告イズミシッピングに対して保証書を差し入れて、船荷証券と引換えることなく本件運送品を受領した(《証拠略》)。

なお、右インボイスによれば、積荷の内容は別紙(一)のとおり、マレーシア産丸太七八〇三本=五六八一・三六五一立方メートル(丸太の種類は、センガワン、メランティ、ジョング・コング及びスワンプ・MLHであつた。)であり、その金額合計は三七万八一六三米ドル九〇セントであつたところ、被告野田木材は、右内容どおりの丸太を受領した(《証拠略》)。

(一〇)(1) 原告が被告野田木材の信用状により金員を取得するためには、インボイスに平瀬戸または佐藤の署名が必要とされていたところ、右署名を得る手続としては、通常、原告が作成したインボイスをプロタマ(マレーシア・サラワク)に送り、サラワクにて平瀬戸または佐藤の署名を得てもらつたうえ、プロタマから平瀬戸または佐藤の署名入りのインボイスを送り返してもらうことになつていた(《証拠略》)。

(2) 原告は、船荷証券A及びBに対応する丸太に関する被告野田木材宛ての本件インボイス(別紙(二)参照)を作成し、これに平瀬戸あるいは佐藤の署名を得るため、平成元年二月一五日、右インボイスをプロタマに送つた(《証拠略》)。

右インボイスには、信用状番号としてL/C・〇七一四/八〇〇〇七四、貨物の内容としてマレーシア産丸太一九五二・三一七五立方メートル、センガワン二六六一本、立方メートル単価一九三米ドル七〇セント、合計金額三七万八一六三米ドル九〇セントなどの記載があるが、右丸太の容積及び本数は、船荷証券A及びBの容積(九五〇・九一〇〇+一〇〇一・四〇七五=一九五二・三一七五立方メートル)及び本数(一一九七+一四六四=二六六一本)をそれぞれ加えたものに等しい。

(3) 平瀬戸は、このころサラワクにて、右インボイスに署名した。そして、原告は、同月一七日、平瀬戸の署名がされたインボイスを受け取つた。

(一一)(1) 原告は、同月二〇日、船荷証券A及びBに対応する各為替手形につき、トラストレシートにより、中国銀行シンガポール支店から船荷証券A及びBに関する船積書類を入手した(《証拠略》)。

(2) そして、原告は、右船荷証券A及びB等のほか、原告作成の前記インボイスを添付して、被告野田木材の信用状に基づいて右書類を買い取つてもらい、代金三七万八一六三米ドル九〇セントを回収した(《証拠略》)。

(一二) 一方、被告野田木材は、平成元年三月初旬、富士銀行を通じて船荷証券A及びBの船積書類が到達した旨の通知(買取銀行は中国銀行シンガポール支店、金額三七万八一六三米ドル九〇セント、L/C・番号〇七一四/八〇〇〇七四)を受けたことから、右三七万八一六三米ドル九〇セント全額を支払つて右各船積書類を手に入れたが、本件船荷証券はなかつた。そこで、被告野田木材がプロタマに問い合せたところ、本件船荷証券は現在銀行にあるという話であつた(《証拠略》)。

(一三) 他方、原告は、同年三月三日、プロタマに対し、中国銀行シンガポール支店を通してのマレーシア産丸太五一四二本に関する金三〇万二〇五二米ドル八六セントの取立依頼に関し、次のとおりファックス送信した。すなわち、右取立にかかる書類中の船荷証券は平成元年一月三一日付けとなつているところ、原告はプロタマから右船積に関する平瀬戸の署名したインボイスを受け取つていないため、被告野田木材の信用状L/C・〇七一四/八〇〇〇七四に基づいて船積書類を買い取らせることができず、かつ買取期間は船荷証券の日付から三一日以内となつているため、署名されたインボイスを原告に送る際に、被告野田木材に対し、信用状記載条件との相違(ディスクレパンシー)を直ちに承認するよう連絡されたい旨の依頼を連絡した(《証拠略》)。

また、原告は、同月七日、中国銀行シンガポール支店に対し、シェン・シャン・ウッドを振出人とする三〇万二〇五二米ドル八六セントの取立為替手形に関し、原告は現在船荷の荷送人と交渉中であるから、指示があるまで右為替手形を保有されたい旨依頼した(《証拠略》)。

(一四)(1) 本件においては、本件丸太に関し、平成元年四月七日、原告が次のとおりの各売買契約を締結した旨の契約書が存する。

ア 原告がシェン・シャン・ウッドから、本件船荷証券に表章される本件丸太を三〇万二〇五二米ドル八六セントにて買受ける旨の契約書(《証拠略》)。

イ 原告がプロタマに対し、本件船荷証券に表章される木材を三一万二七四九米ドル六八セントにて売渡し、右売買契約に基づくプロタマの債務について、同社の取締役全員がその履行を保証する旨の契約書(《証拠略》)

(2) 原告は、右同日、シェン・シャン・ウッドから可及的速やかに支払をされたいとの連絡を受けた(《証拠略》)。

(一五)(1) 原告は、同月一三日、中国銀行から、トラストレシート(案件番号七二九〇二五、トラストレシートに基づく商品の金額三〇万二〇五二米ドル八六セント)により、本件船荷証券の交付を受けた(《証拠略》)。

(2) 原告は、右同日、プロタマに対し、本件丸太に関するインボイスを作成した(右インボイスには、マレーシア産丸太三二七九・〇四七六立方メートル(五一四二本)、立方メートル単価八三米ドル八七セント、合計金額三一万二七五五米ドル二二セントとの記載がある。)うえ、原告は、取引銀行である中国銀行シンガポール支店を通して香港上海銀行に対し、本件船荷証券、プロタマを支払人とする為替手形(原告振出)及び代金額三一万二七五五米ドル二二セントのプロタマ宛てのインボイスを交付して取立を委託した。しかし、プロタマは為替手形の引受を拒絶したため、原告は、中国銀行を通して本件船荷証券等を取戻した(《証拠略》)。

(一六)(1) 中国銀行シンガポール支店は、平成元年四月七日及び同月二八日、船荷証券Aに関するトラストレシートに基づく支払として、原告の親会社であるコンティキ・エンタープライズ・ピー・ティー・イー・リミテッド(以下「コンティキ・エンタープライズ」という。)の口座から合計一五万二五六五米ドル六七セント(トラストレシート利息を含む。)を引き落とした(《証拠略》)。

(2) 中国銀行シンガポール支店は、平成元年五月二二日、船荷証券Bに関するトラストレシートに基づく支払として、原告の口座から合計一五万五二六九米ドル〇二セント(トラストレシート利息を含む。)を引き落とした(《証拠略》)。

(一七) プロタマは、平成元年七月七日、原告に対し、被告野田木材の信用状に関する債務、被告野田木材の信用状L/C・〇七一四/八〇〇〇七四に基づく書類の呈示を怠つたことによる損害に関する債務及び信用状L/C六四七〇三六に基づく債務等に関し、債務承認を行つた(《証拠略》)。

信用状L/C六四七〇三六は、前記のとおり、原告は中国銀行シンガポール支店に依頼して、昭和六三年八月八日、受益者をプロタマとして開設したレッドクローズ信用状である。また、右L/C六四七〇三六に基づく債務額は三一万二七五五米ドル二二セントであるところ、右金額は、本件丸太に関する、原告からプロタマへの売買代金額に一致するものである。

(一八) 中国銀行シンガポール支店は、同年八月二八日、本件船荷証券に関するトラストレシート(IC七二九〇二五)に基づく支払として、コンティキ・エンタープライズの口座から合計三〇万四〇三六米ドル一四セント(トラストレシート利息を含む。)を引き落とした(《証拠略》)。

3(一)(1) まず、原告の本件船荷証券の取得経緯が本件信用状取引の一環といえるか否かについて、検討する。

船荷証券A及びBについては、原告の主張によれば、従前の本件信用状取引と形態を異にし、プロタマからシェン・シャン・ウッドあるいはシュラビダを経由して(プロタマからシェン・シャン・ウッド等への売買を介在させて)取得したことになるが、原告は、船荷証券A及びBは、右のようなシェン・シャン・ウッド等が介在しているものの、プロタマと被告野田木材との売買契約に基づき輸出された材木の船荷証券であると認識したうえ従前同様本件信用状取引の規定に基づいて決済を受けたものと認められる。そして、本件船荷証券については、<1>右各船荷証券と本件船荷証券は、同一船舶の運送品に関するもので、かつ、原告はほぼ同時期に中国銀行からの通知により、これらの存在を認識していたのであり、<2>さらに、原告は、平成元年三月三日、プロタマに対し、中国銀行シンガポール支店を通してのマレーシア産丸太五一四二本に関する金三〇万二〇五二米ドル八六セントの取立依頼に関し、右取立にかかる書類中の船荷証券は平成元年一月三一日付けとなつているところ、原告はプロタマから右船積に関する平瀬戸の署名したインボイスを受け取つていないため、被告野田木材の信用状L/C・〇七一四/八〇〇〇七四に基づいて船積書類を買い取らせることができず、かつ買取期間は船荷証券の日付から三一日以内となつているため、署名されたインボイスを原告に送る際に、被告野田木材に対し、信用状記載条件との相違(以下「ディスクレパンシー」という。)を直ちに承認するよう連絡されたい旨の依頼をする一方、同月七日、中国銀行シンガポール支店に対し、シェン・シャン・ウッドを振出人とする三〇万二〇五二米ドル八六セントの取立為替手形に関し、原告は現在船荷の荷送人と交渉中であるから、指示があるまで右為替手形を保有されたい旨依頼したことからすると、右時点においては原告としても、本件船荷証券について本件信用状取引の枠組みの中で決済されることを期待していたものと認められるのである。そして、これらのことからは、原告が本件船荷証券についても、当初から本件信用状取引の枠組みの中で決済することを意図していながら、何らかの事情で本件船荷証券のみを他の二通の船荷証券とは別個の取扱をしたとの推論を行うことも不可能とはいえない。

しかし、<1>前認定のとおり、平成元年四月七日、本件船荷証券に対応する本件丸太に関し、原告がシェン・シャン・ウッドから買い受けて、同日これをプロタマに対して売却する旨の各売買契約書があるところ、右契約書の存在からは、原告は右各売買契約を締結したと認めるのが相当であること(なお、原告が主張する売買契約の経緯に関し、原告代表者は、銀行から本件船荷証券に関する到着の通知を受けたが、為替手形の振出人であるシェン・シャン・ウッドとの間では取引はなく、しかも当初本件丸太の買主がいなかつたため、原告はその支払を拒んでいたところ、プロタマが買い取りたいといつてきたことから原告は支払うことにした旨供述しているところ、本件丸太についてプロタマが買戻すということであれば、プロタマがシェン・シャン・ウッドから直接に買戻せば足りるはずであり、原告が介在しなければならない理由はないこと、しかも、原告がディスクレパンシーの解消のために被告野田木材の承認を求める行動に出ていたことからすれば、原告には本件丸太について被告野田木材が輸入したものであるとの認識があつたと認められるところ、原告がプロタマに依頼したディスクレパンシーに対する被告野田木材の承認は得られなかつたものであるから、原告は本件船荷証券等の船積書類の買取を拒絶できたし、プロタマの資力に懸念がありながら、本件丸太は石巻港において陸揚げされ既に被告野田木材に引き渡されている状況下であえて危険を犯してまで(原告代表者は、本件の船荷証券はD/P条件であるからレッドクローズの対象にならないと供述しているところ、そうであれば原告はプロタマに対し、本件に関する限り前貸を行つていないことになる。)ディスクレパンシーの生じた信用状の下での船積書類の買取を行う必要はなかつたのではないかと推測されるが、そのことから右売買契約の成立を左右するには足らない。)、<2>本件信用状取引は、原告のプロタマに対する本件代理店契約に基づく前貸信用供与と密接に関連するものと認めるのが相当であるところ、本件においては、原告がプロタマに対して本件船荷証券により前貸信用供与を行つたとまで断定するに足りる証拠はなく、結果として本件為替手形の代金額全額について、事後的に原告の親会社であるコンティキ・エンタープライズの負担において支払われていること、<3>原告は、当初から荷送人であるプロタマ以外の者から本件船荷証券に関する為替手形の決済を求められ、本件丸太が被告野田木材に陸揚港において引渡された後に、本件信用状取引における本件船荷証券の呈示期限の満了が迫つていることを認識しながら、その直前に至るまで格別の手当は行わず、本件船荷証券の呈示期限経過後に同取引の枠組みにおいて決済すべくディスクレパンシーへの承認を求める等の手続を開始したのであつて、右の経緯は、本件船荷証券に対応する運送品の代金決済が、本件輸入契約の締結当初から本件信用状取引の枠組みの中で行われることが想定されていたと見るには迂遠であり不自然であることの諸点を考慮すると、本件船荷証券が本件信用状取引の一環として行われたものと認めるのは困難というべきである(前認定のとおり、債務承認書には本件売買代金相当額について前貸信用額による債務としての記載があるが、右債務承認書を見る限り、被告野田木材の信用状により生じた債務とは別個に記載されていることからすると、右事実をもつて直ちに原告の本件船荷証券の取得経緯が本件信用状取引の一環に属するものとは認め難い。)。

なお、《証拠略》によれば、当時プロタマは原告に対し、債務超過の状態にあつたものであり、原告はプロタマに代つて銀行から本件船荷証券等を引出すために肩代わりをした、あるいは本件船荷証券を担保に売買代金相当額を貸し付けたものとうかがえないわけではないけれども、このことをもつても右判断を左右するものではない。

(2) 次に、被告らは、原告とプロタマとの共謀により内容的に虚偽の本件インボイスが作成され、船荷証券A及びBに対応する右インボイスをもつて、本件輸入契約における売買代金全額が支払われるに至つたものであると主張する。

しかし、<1>原告はシンガポール法人であり、一方、プロタマはマレーシア連邦法人であつて、原告においては荷送人の発送内容を当然には把握し難いものと考えられること、<2>右事情を基礎に、《証拠略》を総合すると、本件信用状取引において必要とされる原告のインボイスはプロタマからの情報(運送品の内容、代金額等)に基づいて作成することになつていたことが認められ、本件インボイスもプロタマの情報に基づいて作成されたものと認めるのが相当であること、<3>本件インボイス上に存在する被告野田木材の代理人である平瀬戸の署名は、荷送地であるマレーシアのサラワクにおいて行われたものであり(右に反する証人リンの証言は採用しない。)、右署名に原告の関係者が関与したとは認められないこと、<4>本件インボイス作成当時、原告は本件船荷証券をいまだ取得しておらず、その後も、原告は、平成元年三月三日、プロタマに対し、本件船荷証券の呈示期限経過に関する信用状のディスクレパンシーについて、被告野田木材に承認を求めるように依頼したことの経緯からは、原告が本件インボイス作成の際、本件船荷証券を将来的に取得する意向なり見通しなりを有していたとは考えにくいことを総合して判断すると、結果的に見て実体に副わない内容が記載されている本件インボイスは、プロタマが主導して作出させたものと見るのが相当であり、右過程に原告がプロタマと共謀して関与したものと認めることは困難であるというべきである。

なお、本件インボイスにおける代金額算定の基礎となつている木材の単価は、当時の時価に比べかなり高額(二倍程度)に設定されているが、そのことのみから原告において、プロタマから本件インボイス作成のために提供された情報に誤りがあると現に認識していたとまでは認め難いというほかない。

(3) 以上によれば、原告はシェン・シャン・ウッドとの売買契約に基づき本件船荷証券を取得したものであるから、被告らが本件船荷証券との引換えなしに本件丸太の引渡を行つたことは、原告の本件丸太に対する引渡請求権を侵害したものといわなければならない(なお、被告らは、本件丸太がバラ積みのまま船積及び陸揚げされたから、原告において本件船荷証券上の引渡請求権を取得することはない旨主張するが、被告野田木材は、本件において、保証渡の方法により、本件運送品を区分けすることなく、船荷証券A及びBに基づき全て取得したのであり、自らの行為によつて区分けの機会を与えなかつたのであるから、被告らの主張は採用し難い。)。

(二) 次に、損害の有無及びその額について検討する。

原告は、被告らが本件船荷証券と引換えることなく本件丸太の引渡を行つたため、本件丸太に対する引渡請求権が侵害されたものと認められるから、原告には右損害が生じたものといえる。

そして、本件輸入取引における売買代金が総額三七万八一六三米ドル九〇セントであり、本件運送品は五六八一・三六五一立方メートル(七八〇三本)であるから、代金総額を本件運送品の全容積で割り算して算出した立方メートル単価の平均金額は六六米ドル五六セントである。右金額を前提にして計算すると、本件丸太の推定価格は、概ね二四万八二一三米ドル六一セントであることが認められる。そうすると、原告は、原告主張の二四万八一一八米ドルの損害を被つたものと認めるのが相当である。

4  次に、被告野田木材は、相殺の抗弁を主張しているので、検討する。

(一) まず本件における自働債権について、前認定のとおり、原告は平成元年三月初旬ころ、船荷証券A及びBのみをもつて本件輸入取引における売買代金全額を被告野田木材開設の信用状により受領しているのである。そうすると、右受領額のうち、船荷証券A及びBに対応する金額を超える金員(本件船荷証券に対応する概ね二四万八二一三米ドル六一セント)の受領は、法律上の原因を欠くものといわなければならない。すなわち、船荷証券A及びBに対応する限度では本件信用状取引の一環として行われたものであるところ、原告が船荷証券A及びBに対応して受領し得る金額は、被告野田木材とプロタマ間の本件輸入取引の内容によつて決せられるのであるから、原告において、右取引における合意を超えて売買代金を受領し得る地位にはないというべきである。前認定のとおり、本件インボイス価格は三七万八一六三米ドル九〇セントとなつているところ、原告はプロタマの情報に基づき本件インボイスを作成したものであるが、もともと右インボイスは、プロタマの誤つた情報に基づき作成されたものであつて、原告において実体に副わない情報に基づく代金全額を正当に受領し得るものではないというべきである。

そうすると、原告は、法律上の原因なくして、被告野田木材の負担において、二四万八二一三米ドル六一セントの利得を得たものというべきである。被告野田木材は、原告に対し、二四万八二一三米ドル六一セントの不当利得返還請求債権を有するものと認めるのが相当である。

(二) そして、被告野田木材が平成五年一二月二一日の本件第一五回口頭弁論期日において相殺の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるところ、被告野田木材に対して原告が本訴で請求するところの損害賠償請求債権と被告野田木材の原告に対する不当利得返還請求債権とは、その対当額にて相殺され、結局原告の不法行為債権は消滅したものと認められる。

5  次に、被告イズミシッピングとの関係で検討する。

前記のとおり、被告野田木材は原告に対する不当利得返還請求債権をもつて、原告の損害賠償請求債権と相殺することによつて、右債権を消滅させたのであるから、共同不法行為者である被告イズミシッピングとの関係でも、原告の右債権は消滅したものというべきである。

したがつて、原告の被告イズミシッピングに対する請求はその余につき判断するまでもなく理由がない。

二  争点2について

前認定のとおり、原告は、被告野田木材の信用状決済により実質的には本件輸入契約における売買代金全額を受領したのであり、その時点で本件船荷証券のもととなる運送契約における決済関係は終わつたものと評価することができる。

しかしながら、前認定のとおり、原告が本件船荷証券を取得した経緯は本件信用状取引とは異なり、シェン・シャン・ウッドから売買契約によつて取得したものであるので、右証券は運送人である被告イズミシッピングに返還されるべきことは別として、被告野田木材においてその引渡を当然に請求し得るものではないというべきである。

そうすると、被告野田木材の原告に対する本件船荷証券の引渡請求は理由がない。

三  争点3について

被告野田木材が主張する原告の不法行為の対象は必ずしも明確とはいい難いけれども、要するに原告による本訴提起が不当訴訟として、あるいは原告による書簡の送付が被告野田木材の信用を毀損するものであり不法行為を構成する旨主張しているものと解されるので、検討する。

1  まず、原告の提起した本件本訴は、結論においては、これを認容し難いものであることは前記のとおりであるが、前認定一の1ないし4で見たとおり、本件は、相当錯綜した事実関係を背後に有しているものであり、かつ原告の請求権は一応認められるものであるから、本件本訴提起の時点において、原告が、自己の請求が事実的、法律的根拠を欠くものであることを認識していたものとは認め難く、したがつて、原告の訴え提起が裁判制度の趣旨目的に照し著しく相当性を欠くと認めるに十分ではないといわざるを得ない。

2  次に、《証拠略》によれば、原告は、被告野田木材に対し、平成二年七月二〇日から同年九月二七日にかけて、要旨、被告野田木材が主張している支払は受けていないし、支払に関する証拠も受け取つていないこと及び公衆に右事実を公表したいし、関係先(たとえば、通商産業省等)にも右事実を間もなく公表する予定である旨の書簡を複数送付したことが認められる。

しかし、本件の取引を通覧する限り、プロタマから被告野田木材への本件取引に関する内容とプロタマから最終的には原告への本件の取引に関する内容は著しく異にしているところ、最終的にプロタマから原告に提供された取引内容は実体に副わないものであつたのであり、本件の争いを生じさせるに至つた主たる原因はプロタマにおいて作出したものと認めざるを得ない。そして、右事実に、原告の親会社であるコンティキ・エンタープライズにおいて、本件船荷証券に対応する本件為替手形に対する支払を現実に行つていること及び原告が行つた前記各行為はいずれも未だ取引上の紛争が生じていることを指摘する書面に止まることを総合して判断すると、原告が行つた右行為をもつて違法と評価することは困難である。

3  右によれば、被告野田木材の主張には理由がない。

四  以上によれば、原告の本訴請求及び被告野田木材の反訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、本訴及び反訴訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宗宮英俊 裁判官 八木一洋 裁判官 野々垣隆樹)

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